「2枚の硬貨」の話
今日は珍しく高校時代の友人とランチに行き、
その流れで昼間から酒を飲むことになった。
お互いの近況や知人の動向など一通り話し終わり、
話題はあるビジネスに移る。

彼が1年ほど前から手がけている仕事。
それはとてもよくできたビジネスで、
うまくいけばストックでお金が増えていくようなものだった。
友人が説いてくれた、その理屈が通れば
いずれは自分が働かなくても、勝手にお金が入ってくる、
そんな夢のようなビジネス。
面白いな、と思った。
ただ僕は、毎日のように「営業」として
お客様相手に、自社の商品を売るべく奮闘しているので、
どうしてもその理屈が通るようには思えなかった。
他人の心や行動、考え方・習慣を変えるのは
それほど容易なことではない、と思っているからだ。
自分のものでも、相当きつい。
友人としては、僕をそのビジネスの賛同者・協力者になってほしいようだった。
が、僕は取り合わなかった。
頑な僕に、あることを教えてくれた。
それが「2枚の硬貨」の話。

友人はおもむろに鞄から手帳を取り出し、机に対し垂直に立てると、
2枚の硬貨ー百円玉と十円玉をそれぞれ
手帳を挟んで左右対称に置いた。
「ここに百円と十円がある。
手帳の背に額をつけて、真上から2枚を見ると、どうなると思う?」
僕は勧められるがまま、
手帳におでこにつけ、それらを見下ろした。
2枚の硬貨は、最初2枚に見えたが、
それらを徐々にずらしていくと、重なり1枚に見えるようになった。
右側にあったはずの百円玉は消えてしまい、
左側にあった十円玉だけが残った。
どうがんばっても、百円玉は見えない。
「人間には、モノの捉え方に癖があるもの。
今のお前は、十円玉だけしか見えてない。本当は、百円玉もあるのに」
なるほど。確かに……と
素直に感心した。
百円玉の存在を知るためには、
間にある手帳を取り去ればいい。
いわば手帳は「偏見」。
彼の言葉で言えば「モノの捉え方の癖」なのかな、と思った。
僕は自分の「営業」といった視点で友人の話を聞き、
まっさらな頭で友人の話を受け入れなかったことを反省した。
一方で、彼自身も「営業」経験はないので、
百円玉しか見えていない状態にあるのではないかと感じた。
その指摘をすると面倒なので口には出さず、
学びになった、と友人に感謝した。
その後彼は説得をするのを諦めたのか、
店を出ると、あっさりと別れを告げ
地下鉄のエスカレーターを降りていった。
その背中を見送りながら
現在自分が見えているものだけ、ではない
ということを肝に銘じたのだった。
おわり。


